夢の中にまで出てくる、どこまでも追いかけてくる眼は、いつも一杯に見開かれていた。

 日本人のクセに少し金色がかっていて、どこか鋭くて―――…そして反吐が出るくらいに、真っ直ぐだ。












                     よーぐると

















 夢の中でも俺はその眼に向かってただふざけたような笑みを意識的に投げ、そしてその足元に唾を吐きかける。闇の中にぽつんと浮かび、ますますその輝きを増しながら怒りに細められる眼がだんだん大きく見えてきて、俺は一瞬棒立ちになってそのまま固まった。
 それでも見栄を張って、なんとか動こうとする。案外簡単に動く。だがどうしても、眼の方向にしか動けない。動けば眼に近づく。眼の方も近づいてくる。


 何故か身体の感覚が麻痺してきて俺はただひたすら睨み返すしかなくなる。ひたすら睨んで、思いつく限りの悪態と挑発を吹っ掛ける。





 どうして遠ざけたいはずの眼が近づいてくるような事ばかりやってしまうのかは解らなかった。本能なのか、それともこれ以外に俺は俺を守る方法を知らないのか。









 再度、地に向かい唾を吐いた。





 すると辺りの明暗は点滅し、何度目かの光の来訪と共に目が覚める。


































 閉め切ったカーテンの合間から一筋二筋、光が差し込んでいた。その僅かながらの光源に照らされて、散乱しているどうでも良い雑誌の群れがぼんやり見える。
 ぽりぽりと頭をかきながら、ふあ、と欠伸をした。よどんだ空気は喉を新鮮などとはとても言えないぬるさで通り、それでも肺を潤す。

 それから俺はゆっくり立ち上がり、散らばった雑誌類を蹴りのけつつ部屋の隅の小さな冷蔵庫に向かった。












 ああ、家族というのがどうにも億劫で窮屈でこのボロアパートに一人引っ越したのはいつだっただろう。実の所はほんの二ヶ月ほどだのはずだけれど、退屈な日常は存外のんびりゆっくりと過ぎていくものだった。


 そういえば、高校に入り新しく出来た“センパイ“に以前一度だけ、今自分が一人暮らしで家族なんてものが面倒くさくて大嫌いだ・と、漏らしたことがある。二つ年上で顔の左半分に傷を負ったその人は、それを聞くとすぐに顔をしかめた。


 『…別にお前がどこに住もうが何人で暮らそうが俺の知ったことではないがな、御柳。』

そしてかなり真面目に、本気で、

『“家族”ほど大切で、良いものなどないと、俺は思うぞ。』






 それを聞いた瞬間、芭唐は派手に吹き出したあげくに大爆笑してしまった為、屑桐どころか彼を慕う録にまで睨まれてしまった。思い出すだけでもまだ笑えそうだ、と思う。
 しかし今は寝起きの頭がどうにもけだるくて笑うどころではない。再びしかけた欠伸を今度は噛み殺し、冷蔵庫の中から小さなヨーグルトを取り出した。明るいパステルカラーに塗られた外装が無機質な部屋にはあまりに不釣合いで、逆に笑えた。なんでも笑える俺ってトクかも、などと思いながらぺりぺりとふたを剥がす。
 「録センパイあたりは笑い飛ばしそうだね、こんな俺の姿。」
 なんだミヤってそんな可愛らしいもん喰うようなキャラだっけ〜すんごい意外気〜!とか、ついでに語尾になんらかの顔文字まで付けて言ってきそうな小柄な先輩。子供のように可愛らしい外見とは逆にかなり性格が強くて白春などよりずっと扱いにくくはあるが、その単刀直入な毒舌はむしろ子供っぽくてからかい甲斐があり、面白い。
 思い出すとなぜか笑いがこみ上げ、同時に自分自身をも嘲笑した。


 ――なーんで、未練もクソもねえはずのあの馬鹿の夢なんぞ、今頃見んのかね。



 日に焼けたような肌と白髪の、結構背も高いはずで自分とも未だにほとんど同じような背丈の幼馴染みを一瞬だけ思い出し、そして夢に出てきたその金色の眼も思い出した。



 ああ、引きずっているのは、囚われているのはどちらなのだろう。

 あいつか、あいつにくっついているあの眼鏡か、それとも俺か?










 ああ、うざってぇなあ。こんなコト考えてる自分がうぜえよ。











 果物入りのそのヨーグルトは必要以上と思えるくらいに甘く、そして水っぽい。けどその嘘臭さが逆に気に入っていて、たまに買う。

 未だぼうっとしたままの意識の中、ふたを完全に剥がし終わった。薄っぺらいふたの裏にべっとりと、塗りたくったように付いている白い半液体状のそれを、ぺろっと舌で舐める。渇き切っていた喉に突然の水分は軽く沁みて、ぴりぴりと痛みを伴った。



 ――冷たい。



 御柳は、それだけ思ったのち、本当は大して食べたくもない甘ったるいそれを重い胃袋にスプーンで無理矢理流し込んだ。人工的な果物の香りは嫌な吐き気を誘い、呑み込んだものが一瞬だけ戻りかける。慌てて押し戻すと、それは簡単に収まった。
「……けっ…」
呟くように吐き捨てるように言って、空になった容器をゴミで溢れたくずカゴに放り投げる。

 軽い音を立てて、それはくずカゴの脇へ転がった。












 やっぱまだ眠いのかもしんねえな仮にも野球部が外すってちっとマズくねぇのこれ?
 早口に小さく独り言を言った後で、ふと、今日は日曜日であり早朝から部活があるはずだったのを思い出した。当然、とっくの昔に遅刻となっている。

 ――ってことは、そろそろ録センパイ辺りから早く来いとかって連絡くるかな。屑桐さんはケータイ持ってねぇし、電話料金すらケチるし。








 そしてしばらくの間、布団の上にあぐらをかいたまま、部屋の入り口付近に無造作に脱ぎ捨てられたユニフォームと時計とを見比べた後、御柳はこてんとその場に横になった。
























 俺はこんなんでいいんだよ。


 受身だらけの腐った人生、上等上等。それでも地球は回ってる、どっかのエライ人が言ったんじゃなかったっけ、ねぇそうでしょ?










 ちらりと金色の瞳が脳裏を掠めた。


 「けっ」と、声に出して心を吐き捨てる。















 あんなど真面目なの、反吐が出るんだ。本当に、反吐が出る。












 軽くまばたきをして夢の残像を消し去り、そしてもうじきかかってくるだろう先輩からの少々怒り気味な電話の声を思い浮かべながら少し笑い、御柳はまどろみのなかへと沈んでいった。

















                               --------------------End.
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 なんかこのころ芭唐書きたい病だったんですよ(何) 浮かぶネタ浮かぶネタ、芭唐一人称ばっかなんです; 結局サイトにあげられるほどの話にまで完成させられたのはこれぐらいですが…。。

 なんとなく一人暮らし設定にしてしまいましたが、個人的に華武は寮制のが良いなあと思ってます(なら何故) そして芭唐関係では芭録が好きです。ていうか録が好きなんですよ〜!そのうち録で何か書けないかなあ。。